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2008-12-10
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第十三話 ロックローズと感銘心

 一九三二年の春、ロンドンにて「自己の解放」という小著を執筆し終えたエドワード・バッチは、十二薬の最後の薬草の発見に急き立てられるようにケント州に向けて旅立ちました。そして前年にゲンチアナを見つけた同じ原野で、小さな小金色の花の群生に出くわします。それこそが十二番目の植物、ロックローズでした。

 ロックローズは白亜質の高原、石灰岩や砂利の多い土壌に生育する多年草です。背丈は低く、地を這う木質の茎は短く枝分かれし、その小枝は毎年一フィート伸び続けます。縁の滑らかな楕円形の葉は、表面が毛に覆われ、短い柄に支えられて対生しています。また、その葉柄の基部からは、小さな托葉が細長く突き出ているのも特徴的です。大きさが不均一でしわくちゃな五枚花弁は明るい黄色で、伸びる花軸に柄の有る花が均等につき、下から順に一つか二つが同時に咲きますが、すぐにしおれてしまいます。

  ロックローズは、強い恐怖を拭い去り精神的な自由をもたらすエッセンスです。あらゆることに対して開かれた態度で受け入れ、機敏に反応するこのタイプの人々は、その繊細で感銘を受けやすい感性がバランスを崩すと、過敏で動揺しやすく、収拾のつかぬ激しい反応を引き起こすことがあります。

  花療法沖縄臨床物語の連載の最終回は、僕自身のお話しです。僕は長いキャリアを持つエンジニアでしたが、仕事上の失敗をきっかけにパニック障害に陥ってしまいました。三日から五日の周期で突然訪れる底知れぬ恐怖に、日々怯えていたのです。

  インターネットで知り得た花療法を試してみようと思ったのは直感でした。通常は三四ヶ月の治療を要しますが、僕の場合わずか二週間のロックローズの服用で結果を出すことができました。この奇跡的な生還が転機となり、僕はこの療法を極める決意をし、現在に至っています。

  英国で誕生して七十一年を迎える本療法ですが、僕はこのハーブ大国沖縄の地で、独自の花療法を完成させたいと願っています。エドワード・バッチがそれを成し遂げたように、きっと僕にもできると確信しています。

週刊レキオ NO.1186 2007年12月20日号





第十ニ話 ゲンチアナとやり抜く力

 エドワード・バッチは、彼の手にした新しい医療体系の革命的な真理を世に伝えるためには、抵抗や敵意を表す人々を説得することより、多くの結果を残すことが大切であることを知っていました。残る二つの花を製薬し実証すれば、人の持つ十二の本質を癒す野草薬が全て揃うという時が近付いていたのです。ウォーターバイオレットに出会った三ヵ月後の九月末、ケント州の街道近くの丘陵で、彼はその年最初に開花したゲンチアナに出くわします。

 ゲンチアナは、乾燥した石灰質の丘陵地や砂地を好む多年草です。四角く葉の多い真直ぐな茎は深い赤みを帯び、高さは1フィートほどに育ちます。無柄で対生する葉は深い緑で三本の葉脈があり、根元の葉は茎に抱きつき、披針状をしています。紫がかった青色の花は房を成して頂生し、、花冠管は萼の二倍の長さで供に五片に分かれ、鋭く尖っています。
 ゲンチアナは、意志が弱く落胆しやすい人のためのエッセンスです。彼らは本来適応能力に優れていますが、その譲歩しやすい受容面が過剰な反応を引き起こしたとき、物事を諦め、運命を悲観的に捉えようとするのです。

  彼女は沖縄本島北部に住む、結婚を控えた三十代前半のフリーターでした。十代のころ、友人に誘われるままに刻んでしまったタトゥーのせいで、自分には良い職が巡って来ないと信じ、そしてそうなってしまった自分を、何をやってもだめな人間の象徴であると思っていました。婚約者に連れられて僕を訪ねて来ましたが、小さな声は消えそうで、顔をあげることも困難でした。

  彼女の心を占有していた古い傷を癒す処方が、まず一ヶ月半行われ、その後に表出した過度に譲歩する本質に対して、今度はゲンチアナによるアプローチが行われました。多忙な婚約者を気遣い、二回目以降のセラピーは電話で処方を調整する方法で継続しましたが、彼女の声のトーンが柔らかくなっていることに僕は気付いていました。

  再会は半年後でした。結婚という大きな任務をやり遂げることのできた彼女は、それまでに無い自信に満ち、今度はベビーが欲しいと、まっすぐに僕を見て語っていました。

週刊レキオ NO.1182 2007年11月22日号





第十一話 ウォーターバイオレットと意識の均衡

 一九三一年の春が近づき、残りの三薬を発見して十二のレメディを完成させる必要のあったエドワード・バッチ博士は、忙しい冬を過ごしたクローマーを離れ、ウェールズの山々を放浪しました。そしていよいよロンドンに戻ろうとしたある日、川の中に群生する十番目の植物に出会ったのです。

  ウォーターバイオレットは、英国の南部と東部の流れの緩やかな水に生育する多年草の水草です。普段は水の中にあって、開花時期にだけ垂直な茎が水面から顔を出します。そのロゼットを成す根元は鳥の羽根のように細かく分かれ、水上にそそり立つ花茎を支えています。五片の花弁からなる花は淡い藤色で中心は黄色く、葉の無い茎の上端を取り巻くように輪生します。

  ウォーターバイオレットは、人付き合いの苦手な人のためのエッセンスです。彼らは物静かで、健康なときも病気のときも孤独を好みます。干渉されることを嫌う一方、万事にも干渉しません。その卓越した独立心がバランスを壊すと極端に閉鎖的になり、無愛想な威張り屋、偏屈な変わり者へと変貌させるのです。

  彼女は、あるプロジェクトを任さたITエンジニアでした。しかし外国資本の参入と同時に、進めてきた作業の全てが否定されてしまいました。親友に連れられて僕を訪ねて来たときには、言葉をかけることができぬほど衰弱していましたが、それでも「大丈夫です」と微笑んいました。

  まず僕は、彼女を蝕んでいた強い絶望感と頑なさを取り払うことに注力しました。幸いその結果はすぐ現れ、それまでの自分には考えられない夢を見た彼女は、変わりはじめた自分を受け入れることに決めたのです。

  自分自身に後押しされた彼女は、瞬く間に元気になりました。そしてセラピーを繰り返す中で表出した、ウォーターバイオレットタイプに対するアプローチも加えられました。自分の内側へ、そして外側へ向かう意識の均衡が整い始めたのは、花の療法をはじめて二ヶ月目でした。気負うことも忘れ、誰かを好きになってみようという女性らしい目標も持ちはじめたようです。

週刊レキオ NO.1178 2007年10月25日号





第十話 スクレランサスと決断

 一九三〇年の秋も本格化し、日が弱く太陽法による製薬も難しくなり始めたころ、その年最後の発 見となる出会いがありました。自然を愛し、供に活きたエドワード・バッチは、第九の植物には花弁の無い「スクレランサス」を選んだのです。それは収穫後の麦畑で穀類の根の間に元気に育つ、小さくて見落としてしまいそうなものでした。

 スクレランサスは、砂質や砂利の多い土地に育つ、低く小さく生い茂る一年草です。茎は地を這い、その高さは4インチ程度にしかなりません。無数に絡まる茎と突き錐状の対生する葉が目立ち、生育する土壌に習って、その緑色の深さは決まります。花弁は無く、五つに裂けた緑の幾分淡い尖った萼をもち、その筒状部から十本のおしべと二本の花柱が顔を出します。

 スクレランサスは、決断できない人のためのエッセンスです。精神的な多面性が支離滅裂さや決断力の欠如を引き寄せ、ふたつ以上の選択肢の間で揺れ動きます。不決断は行動を阻害するため、この状態が深刻化すると本能の安定性まで弱められ、ついには体質や症状として目につくようになります。

 その年配の男性の相談は、自分の耳の中に医者には解決できない問題があるということでした。話しを聞くと、ある種の過敏反応のようでもありましたが、原因が解らないばかりか症状すら見えないため、西洋医学では手の施しようがありません。

 本質を知ることが花療法には不可欠ですが、僕の如何なる質問も彼は聞き入れず、耳の不調を訴えるばかりでした。もし、帰りがけの彼の立ち姿に気付かなければ、その治療は不可能だったでしょう。

 わずかとは言えフラフラと動く彼の身体を決め手に、僕は不決断の薬であるスクレランサスを処方しました。服用を始めてしばらくは、何の変化も見受けられませんでしたが、三ヶ月後に進展がありました。本来持っている偏見の無さや素直さが、良い形で彼に戻ってきたのでしょう。年齢を超えた人付き合いの良さにも後押しされ、地域の民生委員に任命された彼の直立する姿には、もはや不安定さの欠片もありませんでした。

週刊レキオ NO.1173 2007年9月20日号





第九話 セラトーと自立

 第八の花「セラトー」は、花の療法三十八薬の中で唯一野生種ではありません。今でこそ一般化された栽培種ですが、エドワード・バッチ博士が初めて出合った一九三〇年当時は、専門家にしか育てることのできないチベット産の珍種でした。

 セラトーは四フィートほどの高さに育つ落葉植物で、その若茎は角ばり、しばしば赤味がかっています。一〜二インチ長の互生葉は、無柄で両面が剛毛で覆われています。白い基部とは対照的な明るいブルーの花は先端部で房をなし、細長い槍先状の尖った包葉の葉腋から連続して咲きます。筒状部から飛び出した先端の紫が印象的なおしべは花糸が細く、花萼はとげとげしく裂けています。

  この花のエッセンスは、些細なことばかりに気を取られ過ぎていて、一番大切な原理を見失っている人に効果があります。自分自身で決めることができず、絶えず誰かにアドバイスを求めようとし、時には誤った選択に身を委ねかねません。彼らは主たる問題より、しきたりやしがらみに拘り自立できないのです。

  そんな彼らですから、周囲の変化は一大事となります。沖縄に転勤してきた彼は、円形脱毛の悩みを抱え僕を訪ねました。話を聞くと、職場での新しい人間関係にとことん疲れているのです。加えて自身の内なる声を傾聴できないため、何をするにも大勢ではなく全員からの支持が必要でした。正しく行動したいという本質が強まれば強まるほど、その行き過ぎた自己不信感に苛まれたのです。

  彼への処方は、セラトーを中心としたエッセンスと綺麗な景色でした。一日四回以上の野草薬の服用と、職場の前に広がる東シナ海の夕日を、理屈なしに楽しむ時間を積極的に持つこと。それを約束しなければ、改善はないと僕は彼に告げました。

  自身の小さな変化への気付きは、もともと些細なことに敏感な彼ですから得意分野です。生えはじめた産毛への喜びは、花療法の作用を助けました。その後、確信を持ち自分に興味のわいた彼の歩幅は、以前より大きくなりました

週刊レキオ NO.1170 2007年8月30日号





第八話 セントーリーと自己表現

 花の療法三十八薬の第一シリーズ「十二人の癒やし手」の中で、エドワード・バッチ博士の植物観察に対する情熱をとりわけ感じるのが、第七の花、セントーリーです。

 この植物は世界に数百あるリンドウ科の一種で、多くの植物が根付けないような、乾いてやせた土壌の荒地や道端にたくましく育つ一年草ですが、特筆すべきはその高さです。彼らは生育場所に順応して多様に育つことが可能であり、二インチから十八インチ高とさまざまで、同じ植物とは思えません。四角く堅い茎はたくさんに枝分かれし、先端では小さな花が房をなして咲きます。細長く滑らかな楕円の葉は対生し、そこには三本の平行に走る深い葉脈があり、葉柄はなく、根元の葉はロゼットをなします。そして、晴れた日にだけ咲く花は小さく、淡い紅色で星の形をし、花冠はジョウゴ形で細い萼片とともに五つに裂けています。

  セントーリーは、隷属しがちな人に、自己表現できる強さを与えるエッセンスです。とても親切で、物静かで、そして優しい彼らは他人に気を使いすぎる傾向が強いため、自己放棄し必要以上にあきらめてしまうのです。
 僕を訪ねて来たその女性は、家族の中にだけ存在する見えないルールに気付いていました。彼らは事あるごとに、服従させる側とされる側の立場になり、そのギクシャクとした状態に苦しまねばならなかったのです。

  実際、世界中の多くの家族療法家は、この不自然な依存と利用の関係に終止符を打つためにセントーリーを使います。僕にも、このケースは例外ではないという確信がありました。服従させようとする立場の人に対しても、その傾向を緩和させる別のエッセンスを摂らせることが理想ですが、まずは片方だけの取り組みが始まったのです。

  三カ月後、その結果は予想外の形で出始めました。小さな自己表現が可能になった彼女は、家族の中よりも職場でその力が発揮され始めたのです。さらには、そんな輝き始めた彼女に惹かれた男性が現れ、結婚まで決まったのです。

  突然のお祝い事に湧いたその家族は、その後もすてきなハプニングが、次々と引き寄せられたのでした。

週刊レキオ NO.1166 2007年8月2日号



第七話 ヴァーベインと博愛心

 チコリーの鮮烈な青に遭遇した数日後、エドワード・バッチ博士は車道沿いの古い石垣の下から顔を覗かせている六つ目の花、ヴァーベインに出会いました。

  この植物は、草も疎らな乾燥した土地に生息します。そしてその不釣合いな造りは、とても特徴的です。花は小さく目立たないのですが、茎は高く枝分かれし、深い切れ込みのある鋸歯縁の葉は根元に僅かしかありません。背丈の見事な生長ぶりに対して、その茎はほとんど何も支えず、葉と花の冠もありません。真夏から初秋にかけて、薄い藤色の花が細い穂先に沿って下から順に咲きます。もともと地中海地方のハーブなので、この形は暑く乾燥した環境で生き残るための知恵なのでしょう。

  ヴァーベインは、熱中し過ぎて張りつめた心と伴に生きる人のためのエッセンスです。彼らの信念は固く、それが正しいと確信しており、その考えを変えることは滅多にありません。そして周りの誰もが自分と同じビジョンを持つべきであると願っています。この傾向が著しくなると客観性を失い、他人の忠告に耳を貸さず、むしろそれらを厳しく批判し始めます。

  公務員のその女性は、町村合併で激変する職場の中にあっても、自分のポリシーを持ち続けていました。またそれこそが、公務に従事する人間の礎であり、博愛心の糧であると確信していたのです。

  僕を訪ねたのは、彼女のご主人でした。健康診断で見つかった結石にも無関心な彼女に、なんとか手術を受けさせたいと彼は願っていました。僕には、彼の話しと彼女の写真だけを頼りにエッセンスを調合する必要がありました。本来は感情の表層部にある葛藤を少しずつ取り去るべきが花療法ですが、情報が少な過ぎ、併用すべきエッセンスを見出すことが困難でした。

  ヴァーベインのみの処方で良いのか悩みましたが、結果は六週間後に現れました。自らの手術のために休暇を取る決意をした彼女を連れて、ご主人が笑顔で再来されたのです。頑固な彼女に、どう言い聞かせてエッセンスを飲ませたのか、それは彼らだけが知る秘密です。

週刊レキオ NO.1162 2007年7月5日号



第六話 チコリーと無償の愛

 一九三〇年の夏、それはエドワード・バッチ博士が最も試行錯誤した時期かもしれません。多くの植物で実験を行い、その成果を学術誌へも投稿しています。その中には今日の花療法レメディ群には無いアルヴェンシスと言う芥子の一種もありましたが、それは後に放棄して別の植物と変わりました。

  第五の薬であるチコリーも、その時の植物のひとつです。根は飲用に、葉は食用になり、日本でも馴染みのあるものです。荒地や麦畑の端など、白亜系の泥灰質の土壌に生育し、主根は一メートル以上になり堅い茎が枝別れして茂みを成します。ロゼッタ状の葉も、細い線の入った茎も柔らかな毛で覆われ、花は無柄で葉軸につき、連続的に咲く蕾が密生していますが、一度に開花する花はせいぜい数個です。星の形をしたその花の鮮烈な彩りを、博士は「聖母の青色」と呼び愛しました。

  チコリーは、感情面での強い絆を異常なほど強く求める人のためのエッセンスです。彼らは表面的には無私無欲に見えることもありますが、実のところ独占欲が強く、見返りを求めて執着し、手放すことが苦手です。小さな子供やペットが、自分に注意を引こうと躍起になる状態にも有効なエッセンスです。

  看護師の彼が、はじめて僕を訪ねて来たその日は、夜勤明けのようでした。切々と複雑な生い立ちを語り、そして数々の試練を語ってくれましたが、今これと言った悩みは無いと言うのです。つまり彼にとっては人生そのものが悩みであり、過去の出来事全てに執着せねばならず、自分はこれだけ尽くしたのに何も報われていないという無念感に苛まれていたのです。

  チコリーを中心に処方を繰り返しましたが、初めのうちは一日に四回の服用を忘れることも多く、うまく行きませんでした。ところが生活習慣を見直し、何とかエッセンスの摂取を規則化できるようになった頃、彼はセラピーの中で興味深いことを言い始めたのです。

  「ゆうすけさん、人生って過去の延長線上にあるんじゃないんですね。」

  それはまさしく花療法の作用でした。

週刊レキオ NO.1158 2007年6月7日号



第五話 アグリモニーと内なる平和

 花療法の最初の三薬(インパチェンス、ミムラス、クレマチス)で実績を上げ、自然界の偉大なる癒やしの力に確信を持ったエドワード・バッチ博士は、さらなる発見をすることになります。アグリモニーは一九三〇年の夏、英国・ノーフォーク州滞在中に見つけた四番目の薬です。

  荒れ地や牧草地、生け垣の脇や道端などに育つ多年草で、英国南部全域にわたって見られます。草丈の低い植物に交じって、教会の尖塔のように突き出て育つので、すぐに見つけることができます。穂状花序の植物で、五枚花弁の黄色い小さな花が、花軸の周りを円すい状に取り囲み、空に向かって下から順序よく咲きます。細長いギザギザの葉も特徴的で、ヨーロッパでは古くから肝臓に良いハーブとしても親しまれてきました。

  アグリモニーは、快活に装うことで、苦悩や不安を隠そうとする人のためのエッセンスです。彼らは真実を認めず、摩擦を回避しようとします。慢性的に感情を閉じ込めるため、入眠時に落ち着きが無くなり、突然湧き上がる心配事が、不安や不眠を引き起します。片頭痛を招くこともあります。それらを紛らわすため、薬物やアルコールに依存する場合も多いのです。

  この花のエッセンスは、非常によく使われます。それは、感情の解放を必要とする人が、あまりにも多いからにほかなりません。我慢は美徳と教えられて育ったわれわれ日本人は、特にその傾向が強いようです。

  僕を訪ねてきた管理職の女性は、慢性の腰痛に悩んでいましたが、仕事に没頭して忘れようとする態度が顕著でした。アグリモニーを中心に花療法を試し始めた彼女は、服用開始三日目に苦情の電話をかけてきました。腰の痛みがひどくなったと言うのです。アグリモニーが彼女の我慢の回路を切ってしまったため、本当の痛さを思い知ることになったのです。僕は嫌われるのを覚悟の上で「あなたは自分の身体の悲鳴を無視していたんです。今すぐに病院に行きなさい」と彼女をしかりました。沈黙の後、彼女は静かに「ごめんなさい、そうします」と素直に答え、受話器を置いたのです。

週刊レキオ NO.1153 2007年5月3日号



第四話 クレマチスと現実への着地

 花療法誕生のきっかけとなった三薬のうち、インパチェンス、ミムラスに続く最後の花は、つる植物のクレマチスです。アサガオのようにつる自体が伸びて巻き付くのではなく、長い葉柄をほかの植物に巻き付けながら生育します。わが国ではテッセンの名で親しまれていますが、これは中国から渡来した一種に過ぎず、北半球の温帯を中心に世界中に自生する種は三百を超えます。

  ガーデニング好きの英国人の間ではバラをキングに、クレマチスをクイーンに例えてこよなく愛しますが、エドワード・バッチ博士の選んだものは観賞用ではなく、その原種ビタルバです。真夏から初秋にかけて香りの良い花を付け、旅人を喜ばせるその花の姿は極めて特徴的です。花弁が無く、緑がかった白い綿毛のある萼片に囲まれ、秋には銀色の長い糸状のおしべを付け、「おじいちゃんのひげ」の愛称も持ちます。

  自立するすべの無いつる植物ですが、育つにつれ寄り掛かる植物を覆い尽くし、その輪郭を独特の風貌でぼかしてしまいます。風に揺れると、その景色はまるでフワフワの雲の中で夢を見ているかのようです。

  クレマチスは、目の前の問題から逃避し、幻想に満ちた自分だけの世界に引きこもろうとする人のためのエッセンスです。夢見がちで、いつかきっと訪れる幸せの中に生きている人たちを現実に引き戻すよう働き掛けます。気分として表れた意識喪失、不注意、無関心、必要以上の眠気などにもうまく作用します。

  奥さんに連れられて僕を訪ねて来たその男性は、職場での出世を機に仕事に対して全く無気力になっていました。自信を無くしたというよりはむしろ、立場の変わった自分を受け入れられず、いつも強い眠気を伴い、朝は起きることが困難だったのです。

  再起への取り組みは数カ月に及びましたが、その成功の陰には奥さんの努力がありました。現実逃避を繰り返す彼は、エッセンスを飲むことからも逃げてしまったのです。そんな彼の口をこじ開け、飲ませ続けた彼女は、まさに彼の伴侶となるべく生まれた運命の人に違いありません。その試練を越えた二人は、とてもたくましいカップルに生まれ変わっていました。

週刊レキオ NO.1149 2007年4月5日号



第三話 ミムラスと静かな勇気

 わが国では、湧き水の流れ込むきれいな水辺で目にすることのできるミズホオズキが、一九二八年にアスク川の岸辺でエドワード・バッチ博士が見つけたミムラスに最も近い植物です。彼が「完璧に咲き誇っている」と形容したその地も、七十年経った今では農薬の化学汚染に耐え切れず、生育場所はかなり局地的になりました。

 十九世紀初頭に北米から英国に渡ったとされるミムラスは、五十センチほどに育つ、湿地や水路を好む植物です。水草独特のうるおい豊かな緑の茎に、対になった葉が抱き着くように生えています。黄色の花弁は五枚、下部唇弁には赤い斑点、大人のてのひら三分の一ほどの大きさに開きます。砂利の中に根を下ろして石の多い川岸にしがみつくように育ち、水しぶきの洗礼を受けるかのように、川面へと不安定にのり出した形で群生するのです。

  ミムラスは、はにかみ屋で内気なタイプの人に必要なエッセンスです。気分として表れた暗やみや加齢、痛みや病気、あるいは死そのものなど、対象のはっきりとした何かに対する恐れを穏やかにし、静かな勇気をもたらします。

  末期の病に苦しむ母親のために、僕を訪ねてきた息子さんがいました。花の療法を新聞で知り、最後の孝行をしたいとのことでした。

  彼女は花と庭いじりの好きな穏やかな女性で、内気で言葉足らずながら温和で優しい部分が家族を和ませていました。しかし晩年、相続問題に巻き込まれた彼女は、内気な自分を捨て、親族と戦う道を選んでしまったのです。彼女の根底にある童心に、ミムラスこそが必要だと、僕は確信しました。

  通常はエッセンスを服用しますが、入院先で絶飲食の彼女には無理です。マッサージクリームに混ぜ、人肌に温めてから胸に塗ってあげて下さいと伝えました。

  三週間後、息子さんが再びエッセンスを取りに来られた数日後にお母さんは永眠されました。電話口の彼は「親孝行できました。最期の顔は、子供のようでした」と、涙に震えていました。

週刊レキオ NO.1144 2007年3月1日号



第二話 インパチェンスと思慮深さ

 インパチェンスは、一九二八年の秋にエドワード・バッチ博士が発見した花の療法の最初の三薬の一つです。彼は強い確信を持って同種の中から淡い藤色の花だけを選び、エッセンスを作りました。

 葉の根元から突き出た柄に花は支えられ、頭巾に似た五枚の花弁は、英国では「警官のヘルメット」とも呼ばれ、沖縄で一年中咲いている種類とは姿形がいくぶん異なります。種はその名の通り(※)辛抱しかねた魂が爆発するように飛び、はるか遠くまで届くのです。ルーツはインドのカシミール地方と言われますが、エドワードが見つけた時にはイングランド全域で自生していました。日なたでも日陰でもたくましく育ち、川岸に沿って咲き、種は水の流れに乗っても移動します。

  この花のエッセンスは、気分として現れる焦燥感やいらだちに効果があり、特に頭の回転が速く、行動も機敏で、一人で考え働くことを好み、自分のペースをこよなく愛する人に合います。他人の遅さを間違いだと信じ、時間の無駄を極端に嫌う人たちです。

  僕に会うなり、自己紹介もなく、いきなり体の不調を訴えたある女性は、まさしくこのタイプでした。結果にしか興味がなく、辛抱ができないのです。体調も省みず、答えを求めて行動するため体力は落ち、常に強い焦りとともにいました。行き場をなくした負のエネルギーは、年齢には不釣り合いな肌荒れや不整脈となって現れ、彼女を苦しめていました。これらの悪循環は、そのせっかちさが収まらない限り止まりません。

  インパチェンスのエッセンスを中心に飲み続け、いらだちの理由を自分の性格に見出すまで半年以上を費やしましたが、彼女の肌荒れと胸の痛みは治まり、ついには食生活まで変わり始めました。肉体労働者のように高たんぱくで高カロリーな食事を好んでいた彼女でしたが、正しい力の配分を知って、余分なパワーが不要となったのでしょう。

  彼女は今、新しい人生のために、ウオーキングと正しい呼吸法で体力を付けようとしています。今年の年賀メールには絵文字を使う余裕すら見せ、僕を喜ばせたのでした。

週刊レキオ NO.1141 2007年2月8日号



第一話 “花の療法”へようこそ

 太古より多くの人が、花の姿や香りに癒やされてきました。二十世紀始め、イギリス人医師のエドワード・バッチが、そんな野生の花に癒やしの力を求めたことも、自然な成り行きと言えるでしょう。漢方やハーブ療法のように植物の成分に着目した彼は、すり鉢を片手に林野を歩き回り、ある程度の臨床実績を得たものの納得できずにいました。そんなある日、植物についた朝露にその癒やしの力が凝縮されていることに気付き、後に安全性とともに確立されたセラピーは、今では七十年もの歴史を持つ花の療法となりました。

 医師エドワードが見出したこの療法には、インパチェンス(鳳仙花)、ワイルドローズ(西洋野バラ)など多くの植物がエッセンスとして登場します。そして作り方は驚くほどシンプルです。その植物が育った土地の湧き水に、夏の植物は太陽の光の力を、また発祥地イギリスの長い冬の植物には火の力を借りて、最もきれいに咲き誇るシーズンに発する良質なエネルギーを転写し、丁寧にろ過したのち、同量のブランデーを保存料として加え、母液とするのです。

  薬の特定の成分が症状に作用する対症療法に対し、この療法は感情に直接作用するエネルギー医療として確立しました。僕の持つ臨床ケースでは、沖縄を観光で訪れた糖尿病のご老人ですが、携行しているインスリン注射の投与単位も少しずつではありますが増えている方がいました。二種類のエッセンスを処方したところ、感情面の課題であった頑固さと心配性が緩和され、半年ほど続けてインスリンの投与量も三分の一になりました。エッセンスの成分は、科学的にはH2O(=水)でしかないため、現代医学や薬学と全く干渉しません。花の療法はどんな療法とも相性が良いのです。 

  三十八種類の花々は、三つのシリーズで構成されています。本連載では、その第一シリーズである「十二人の癒やし手」を取り上げます。「癒やしの花」の世界へご案内しましょう。

週刊レキオ NO.1138 2007年1月18日号